もあみみ便り

障がいがあってもなくっても、子供は子供。あふれんばかりの「愛」を、子らに、犬に、自分に、この世の生き物すべてに、届けたいな。

緊迫の2羽

帰ると、車を停めたい場所に、鳥が一羽。鳩のサイズで、頭のてっぺんがオリーブ色です。彼の脇に鼻を突っ込む形で、車が真横にいるのに、キッと、自分の前方だけを見つめて、動きません。

 

 

これは、ただならぬ、気配。思わず私は息を止めて、見守ります。なにが、起きているのだろう、この鳥に。

 

 

でも、家に、はいりたいなぁ。クルマを、とめたい。そんな私の心の声が聞こえたのか、トン、トトン、と前方に進むや、バシューーーっと低空飛行で飛び去っていく、オリーブ頭の鳥。すると、驚いたことに、その後を追い立てるようにどこからともなく、同じサイズの茶色い鳥が飛び出してきました。オリーブ頭の去った方角へヒューーーッと。そしてシュタッと、フェンスに降り立ち、勝ち誇ったように、かなたを見送る、茶色の鳥。

 

 

これは、大変緊迫した2羽のかけひきに、邪魔をいれてしまったわ・・と、ちょっと申し訳ないキモチです(とくにオリーブ頭、ごめん)。

 

 

帰って図鑑を調べてみたら、オリーブ頭がアカハラ、茶色がツグミだとわかりました(その瞬間の写真はないのです、ごめんなさい)。両者とも、スズメ目ヒタキ科の仲間で、「跳ねて歩いて、立ち止まる」という動きに、共通点があるらしい。

 

 

 (こちらは、別日に撮った、緊張感のかけらもない、鳥の写真です↓)

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我が家のあるエリアは、幸いにも自然がたくさん残っていて、しかも、ちょうど、住宅街と町の外れ(郊外、田舎ともいう)の境目にあります。一歩マロンと散歩で奥へ行けば、自然に近い森や畑があって、そんな場所は、ただよう空気感が、違うのです。時折、大物(の猛禽類)にも出くわすので、ワクワクします。

 

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鳥たちのように空を自由にわたる生き物たちは、地球の大地(ネイチャー)と、勝手に線引きをした人間たちとを、優しく、つなげてくれているんじゃないだろか。

 

「(人は)土から離れては生きられないのよ」

(『天空の城ラピュタ』のシータの名セリフ。)

 

 

それにしても、あんなにハッキリと「気迫」のようなものが感じられるんだなぁと、自分のシックスセンスを褒めたくなって、いや、野生だからこそ、その迫力が半端なかったのかなぁと、今日も、自然(ネイチャー)を、リスペクトです。

 

メモ書き

わたしはわたし

 


わたしはわたしでしかない。

わたしはわたし以上でもないし、わたしがわたしでなくなることもない。どこまでも、どんなでも、わたしは、わたしだ。

 


あの子とこの子の母で、あの人とかの人の子どもで、ドジで不器用だけど、動物が好きで、自然が好きで、好きってだけで泣いちゃうよな、それがわたし。わたしって、そんなもんだ。それ以上でもそれ以下でも、ない。

 

でも、そんなもんであることが、自分で誇らしいから、それだけで、いい。

 

ビフォー →アフター

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ただ、みんな潜っただけ。

 

 

 

ワインカラフェ

最近、ひそかに「こんな形のが欲しいなぁ〜」と頭に描いていた、ガラスの花瓶。ほぼぴったりのモノを、ニトリで発見しました。

きみは、私にとってはワインカラフェでなく、立派な、花器。

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「男女差」というとちょっといい気がしないけど, 「雌雄差」は, ありそな予感

息子のバッグというものは, 時折のぞいてみたほうが, いい。

 

プライバシーのコトとか, もちろんあるけど, まだかろうじて, 小学生だ。

 

つかった「小さじ」とか, きっとそれとセットだったのだろう, つぶれたヨーグルトのパックなんかが, 普通の顔をして入っている。

 

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おそろしい。

 

仕事で, たくさんの子ども達と関わることができる。宿題ファイルなど, 如実に, その性差を物語る。破壊され, 寿命の短いファイル達は, こぞって男子たちから, やってくる。決して, 悪気はない。なかでも, 比較的おとなしめでインドアなのが, 我が息子・・のはず。

 

生物学的な, 男(雄)と女(雌)のちがいに, 思いをはせてしまう。

 

こうした, 苦笑しちゃうよな愛おしい「男のこたち」が, ほんの少しの時をへて成長したのが, 世の中を動かし, 背広に腕まくりで道を歩き, テレビの前で厳かに何かを語る, 「男性たち」(最近は変わってきていると願うけど, まだまだ・・)なのだ,   と, 思う。

 

オスが子育てをする例外生物もたくさんいるし, 一概には言えないけれど, やっぱり, 雌雄差というものは生き物として,  はっきり存在しているように思う。ホモ・サピエンス(人間)も, しかり。

 

とすると。

 

それはそれとして, 認め合うしかないのでしょうね。それぞれのジェンダーに属するものは, それぞれの特徴を, しっかり知っておいた方が, いいのでしょう。

たぶん, 女の人は, 知っておいた方がいいと思う,

 

「男というものは, バッグに使い終わったサジやまだ中身滴るヨーグルトのカップを, 鍵やペンと一緒に, しまっておける, 生き物である」と。

 

(ごめんなさいね, 世の, 男性みなさん。ただ, うちの息子だけかもしれないのに(笑))

 

ちいさな(家庭の)平和のために!