もあみみ便り

障がいがあってもなくっても、子供は子供。あふれんばかりの「愛」を、子らに、犬に、自分に、この世の生き物すべてに、届けたいな。

ボトックス注射

お箸でヨーグルトを食べる休日の朝。

ほんの2メートルを動けない、ズボラな親子です。そしてそれを、なんとも思わずに見守る犬(最後は容器とほんのちょっとのヨーグルトをゲット♫)。

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休日の朝、と書きましたが、正直、一体、今日は何曜日で何日なのか、分からなくなるような、そんな矢のような日々を過ごしています。

 

昨日は、なおぽんのボトックス注射の日でした。

 

体中のあちらこちらに20箇所ばかり、針で刺していきます。グッと堪えている姿、様子が、母親にはなんとも切ない、けれどもたくましさ、強さを垣間見て、複雑な、それはそれは複雑な気持ち満載の、ボトックスデーです。

 

緊張(体のこわばり、発作?)が強いタイプの我が息子、かつては3ヶ月おきに打てるようになるこの日を、待ちに待っていたものです。体が緩み、ホッとした顔で過ごしてくれれば、こちらもホッとするのです。

ところが最近は、体も大きくなり、発作や緊張のタイプも上半身から上のみで済むようになりました。頻回に入るこのやっかいな緊張ですが、なんとか、5分も待てば治るようになり、このボトックス注射の必要性がグッと減ったのです。

 

効き目はだいたい個人差はありますが2、3ヶ月まで、とも聞きます。実は、この2回ばかり、6ヶ月もあけてしまいました(半年に1回ペース)。打った後は1ヶ月くらい、体のパーツが緩んでいますが、正直、3ヶ月もすれば、ほぼ硬めの体、すなわち元の状態へ。でも以前のように、それはそれで、さほど困らないのです。本人に聞けば、「注射は嫌だ」というし・・。

 

・・・・う〜〜む。

ボトックス。必要なのか、どうなのか・・。体は、やわらかく、維持してあげたいし・・。

にしても筋肉注射は痛そうだ。私なんて、歯茎にする麻酔注射だって、怖くて身構えてしまうのに。

 

静か〜な診察室、無機的な空間で、ただ、ひたすらに「はい、つぎは腓腹筋」「ポチ(絆創膏を貼っていただく)」「はい、つぎは・・」「はい、がんばったね」

が、繰り返されています。

なんか、辛くて、Amazon Musicでなおぽん応援歌をかける私。

流れてきたのは、ゆずの「うたエール」、

『惜しみない拍手を がんばるあなたへ』。

 

いい歌です。

 

 

近所のネコの目が、つきささる日

天畠大輔さんの本、『声に出せないあ・か・さ・た・な~世界にたった一つのコミュニケーション』(生活書院)を読みました。

そして、お世話になっている伊藤史人氏のブログから、つい昨日、このような記事も拝見しました。

www.poran.net

 

リアルに今、同じ時代に生きておられるお二人が、これまでたどってきた道、そして今もたどっている道が、どれだけ、でっこぼこで、どれだけ、心も体もきっと文字通りに血汗にじませながら開いてきた道であることか・・。

それでも、前へ、前へと、大地を踏みしめて今日を進んでおられるのです。そのゆるぎない「事実」が、無言で、でも圧倒的な迫力で、私たちに問いかけます。

 

 

さらっと書かれた彼らの日常が、どれだけ、実際に大変なのか?
周りと交渉を重ねる、その一回一回に、どれほど、エネルギーを消耗したことだろう?
「健常」と言われる私たちは、どれくらい、この体で必死に何かをしているだろう?
(ありがたみも感じずに?)

お父さん、お母さんのなさってきたサポートが、どれだけの大きさだろう?

私は、目一杯といいながら、本当に目一杯、息子をサポートしているのだろうか?

多くの人の手を借りることに、ためらっていないだろうか?
どんなことであれ、何かに、ためらっている、場合だろうか?
疲れた~とか、いろんな理由を振りかざして無駄な時間を過ごしちゃいないか?

 

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まだまだ、なおぽんのいく先は長くけわしい道(かもしれない)のに、そのスタート地点にすら、立つことを叶えてあげていないこと。彼の体の状態、日々のワークの山、山・・そんな言い訳にすっかり身をゆだね、気づけば、彼の人生の8年以上が、過ぎていきました。

 

まだ、この世の中で、私を入れても片っぽの手で足りる位の人たちにしか、彼の「おもい」は分かってもらっていません。そう、過ぎゆく1秒1秒は、あっという間に積み重なるのです、今、こうしてブログを書いている間にも。

 

 

自分がハッピーである時間も大切にし、そんなハッピーママである方が子ども達も嬉しいはずよ、なんて。生来、実にお気楽で楽観的な母ですが、ちょっとお気楽すぎたかしら・・・。
子供が、自分の力で何かを伝えたり、せめて選択できるようにしてあげること・・・さすればあとは、どんなに険しい道でも、確かな彼自身の意思で、また道を切り開いていけるはずです。そこまでは、不眠不休で(・・とはなかなかできないけれど!!)、コックピットを整えてあげなくっちゃ、いけないのでなくて?

 

一時期はずいぶん焦り悩みつづけたコトなのですが、どうもそれにも疲れて(飽きて?)すっかり歩調を緩めがちだった近頃の私です。
一発、カツを入れていただきました。

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近所のネコからもスルドい眼差し

 

あと、やっぱり、人は基本的に、「学びたい」のではないかと、思います。

世界中の、例えば学校がない(紛争があったり後進国であったりする)地域でも、青空教室をひらけば、子ども達は目を輝かせて足し算や文字を習うと、以前なにかで聞きました。

日本は平和で先進的をうたう国です。でもところがどっこい、実は、「学びたい」と、心の底から思っていてもそのチャンスすら与えらえていない、子ども達が大勢いるのです(天畠さんが10年以上も前に卒業論文を書かれた時と、まだ何ら、変わっていない現状といっても良い)。その事実を、痛いほど知ってしまった親の一人として、我が子のコックピット作りもしながら、同時に一生懸命伝えていかねばならないなぁ・・、とも、思っています。

 

 

私よ、もうちっと、本気、出さなきゃね!!

(Superflyの『A・HA・HA』、聴こうかな。)

こんなことは、めったに起こらない

こんな事はめったに起こらない。また、このコトバ、聞いちゃった。

 どうも最近、突拍子もないことが起きる、風が吹いています。

 

 

先日はなおぽんの学校で校外学習がありました。看護師さんは同行されないので、医療ケアがいる子(医ケア児)の親も、付き添います。

 

今年の小3生の行き先は、比較的近隣の商業エリア。映画館のプライベートルームで持参のDVDをみて、お食事処でお昼ごはんを食べて、学校バスに乗ってみんなで帰る。という行程です。

雨でしたが、室内なので滞りなくほぼ全てを終え、さぁ、いざ、学校へ帰ろう~~となってから、事件は起きました。なんと、帰りの道中で、バスが何らかのエンジントラブル?で止まってしまったのです!

 

 

近隣とはいえ、歩くには長い距離。しかも外は吹き荒れる雨の日。乗っているのは医ケア児、重度肢体不自由児含む子ども5人と大人9人。

道の途中でスト、トト、ト・・。と停止し、車内の電気が消えるなんて。まるで冗談みたいです。残すはあと、普通に走れば10分くらいの距離なのに。

 

 

さらにここからがすごいのです。何だかんだの理由で救助は来ない、という事だったのでしょうか、当のトラブルを抱えたバスで、この後、帰校をめざすのです。開校以来ずっといるのでは?との声もあるほどの、そしてこの度の送迎で、ついに息も絶え絶えになってしまった、ご老体バスです。しかも、行く手には、まだ3カ所も登り下りの関所がまっています。

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最後にして最大の難関、少し長めの上り坂

何度、ここで降ります~~(雨だけど、それでも、いい)と、心の中で叫んだ事でしょう。やはり怖いのは、登り坂です。かかっては切れるエンジンの、かかった一瞬のあいだに、移動をかさねるのです。登りきるまで、乗員、大人も子供も、必死に応援です。「がんばれ、がんばれ、がんばれー、、!!!」

 

こんなに手に汗握って、心臓を高鳴らせたことが、あったでしょうか?運動会の応援の段では、ない。命がけ・・は、ちょっと大げさですが、でも、まさに、全員本気の瞬間。

 

 

十数回の走ってはとまり、を繰り返しながら、まるで奇跡のように、そして、このバスからも「わしは、本学の児童生徒は必ず送りとどけるのじゃ~~~~!!」という、執念にも似た魂の声が聞こえんばかりに、なんとかかんとか、学校に着いたのでした(拍手喝采!)。

フゥーーッ。大変なスリルでした。でも、結果として、予定よりもずっとリアルで楽しい校外学習となりました♫(そして、呼吸器っ子が一人ものっていなかったことに、本当にホッとしていたのは、私だけじゃないでしょう)

 

 


さて、二つ目の「めったに起こらないこと」は、仕事関係のゼミでのこと(とある大手学習塾の一つを自宅でやらせていただいてますが、その先生たちが集う勉強会のようなものです)。

 

いつもお世話なっているご担当者の方が、一生懸命に今回のテーマについて、とくに、その目指すべき目標のような理論部分について、ご講義して下さっている最中に、事件は起きました。

ふいに、ご出席者のお一人のベテラン先生が、ちゃぶ台をひっくり返したのです(もちろん、コトバのあやです〜)。

 

 

そんなこたぁ、もう知ってらぁ~。

こちとらがら聞きてぇーのは、もっと現場でおきてることよ!それに関する情報よ! 


・・・と、すみません、言葉はもっと大変ご丁寧に、このようなことを投げかけたのです。するとそこから、少人数のゼミではありますが、ご経験豊富なその先輩先生をご中心に、本音トークのようなものが噴出し、新人の私には面白いやら、本当に勉強になるやら(笑)!結果、大変有意義な時間を過ごすことができました。

 

いゃ、、こんな感じになるゼミなんて、めったにないんです、すみません。と、最後につぶやかれたお若いご担当の局員さんですが、彼も、そうした批判を受け止めてすぐに、素直にゼミの方向を修正するという、とても素晴らしい動きを見せてくださったのでした。

 

あ~~、すごかった。

 

 

そして私は、今、書きながら2つの出来事の、共通点をみつけちゃいました。それは、先にも書いた昭和な表現ですが、両件とも、まさに『ちゃぶ台をひっくり返した』ということです。

 

ちゃぶ台の上に並べられたものは、「体裁」とか「決まりきったこと」とか、「これまで通り」とか、「きれいごと」とか(・・まだまだいけます、「常識」とか「ルール」とか「こうあらねばならない」とか、云々云々、、おっと、とまらない(笑))。

 

 

なおぽんの校外学習の件ですが、もちろん、人によるとは思います。しかし、我が家にとっては、「校外学習」という名で得た体験、経験は、予定通りであれば、あまりにも、普段と変わりばえのしないコトでした。仲間や先生といった存在と一緒にする経験、という意味は確かに大きいのですが、「これまで通り」の「既定概念にとらわれた」重度障がい児用のカリキュラムだなぁ・・と、実は少しションボリしていたのです(それが一転しましたけれど、おかげさまで♫)。

 

そして、ゼミでは、(私にとっては勉強になる事も多かったものの)10年以上のベテラン先生方にとっては、とても当たり前の指導原理書に書かれていることばかり、いわば、現場とかけはなれた、「きれいごと」「机上の理論」だったわけです。そこを堂々と指摘され、ご一喝された姿勢は、本当にお見事でした。

 

 

ちょっと、もしかすると、『今』、『これからの世の中』を表しているっぽくない?なんて・・、ふと、思いをめぐらせています。

 「タテマエは、いらない。きれいゴトも、もう、いらない。
本音で本気で、真実で、生きてみようよ」っていう、ひとつのメッセージと、思えなくもないかも。

 

ま、何より、面白かったです。これ以外にも、ここにはお伝えしきれない、いくつかの「ありえないっしょ・・・」に囲まれて、まるで人生というアトラクションを存分に生きているような、そんな実感がある、今日この頃です。

トンチンカン満載の日

風がびゅうびゅうと吹きまくる、千葉です。とっても、トンチンカンな1日をスタートさせている、今日のわたくし。

 

 

ガソリンこぼす

 

車のスロープをしまわぬまま、エンジンを切る

 

車に診察券わすれた、となおぽんを預けて探すもみつからず、受付で手続きの途中、目の前のバギー上にあることに思い当たる

 

すぐ右の出口からでるために、なおぽんのバギーをぐるりと左大回転させて、出る

 

なおぽんのパソコンの固定具を忘れる(パソコンは、ある)

 

なおぽんのお昼ご飯セットを忘れる

 

 

 

こんな日も、ある!

外科の診察を忘れなかったこと、なおぽんを学校に無事に送り込んだこと、それだけでも、自分を褒めてあげて、

 

さ、オロナミンCでも飲んで、仕切り直します♫

 

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『花を生けること』とかけて『視線とり』ととく

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その心は。

どちらも360度、全方向からの確認がいるでしょう。

 


このお花たち、全部あわせて、160円!

なんて、お得〜〜!わくわく広場。