もあみみ便り

障がいがあってもなくっても、子供は子供。あふれんばかりの「愛」を、子らに、犬に、自分に、この世の生き物すべてに、届けたいな。

インソール

この数ヶ月、じつはなおぽんでなく、その兄の方と、じっくり向き合う日々を過ごしています。

 

まさか、ここでこんなタイミングがやってくるとは。

って感じですが、いつだってやってきた「波」には、意味があるもの。

 

 

なんたって、もう、羽ばたいていったかと思っていたのですから。

どうしてもなおぽんに、より多くの時間をかけてきた(仕方ないんだけど)母として、たぶん、胸の奥の方で抱えつづけてきた、上の子に対する小さな罪悪感とか、後悔とか。
でも、「いまは、心おきなく、お兄ちゃんにかけて、いいんだよ」って、いわれているみたいなのです。

時の流れに、ありがとう。それにあわせるように、体調落ち着いてきたなおぽんにも、ありがとう。

f:id:leona_moana:20200811054801j:plain

 

・・と、そんな日々の中である日のこと。彼が突然、「足の裏が痛い」と、言い出したのです。

 

家にこもっていて、運動していないせいかな?とか、朝のウォーキングが悪いかな?とか、いろいろ考えましたが、同時に私の頭に浮かんだのが、「そうだ、インソール、作ろう」(笑)です。こうしたことに、とくになんの知識もない私ですが、た~~またま、友人が最近これに関することをなさっていたのです。

 

 

なので、よし、ひとつ、人生初オーダーメイドで、靴のインソール作製だ~(もちろん依頼で)!と、ひらめいてしまった、私です。
人生初って、なんかワクワク。

 

f:id:leona_moana:20200820095039p:plain

 

自宅に出張してきてくださり、いつもの靴で、息子の歩き方やトータルの姿勢をご覧になったり動画撮影した後、元となる靴のインソールに、プラス何かをくっつけていきます。時折、足に合わせたり、また靴を履いて歩いてみたり。そんな作業を、黙々と1、2時間でしょうか。

 

 

お年頃のため、息子からの動画だしの許可は出ませんでしたが、なんと~~!ビフォーとアフターで、歩き方が違っています。手の振り方、ちょっとした重心が、靴の中敷(インソール)ひとつ、ちがうだけで、違うのです。

 

 

足の裏の痛みについてはこれからの様子見ですが、歩き方が変わるって・・・インソール、おそるべし。靴の選び方なども伝授いただいて、本当に有意義な時間でした。


普段、意識をしていないこと、でもケッコー大事なことって、こうして、まだまだあるんだろうなぁ・・なんて、しみじみと感じました。

せまいぞ、私の知識にイシキ。

 

 

 

 

ちなみに、そんな狭い自分を、せっせと開拓中の、近頃の私です(→過去のブログ「リスタート1」)。

この友人は、この新分野で知り合った仲間でもあります。理学療法士であり、しかも重度障害の方に関わっておられたという彼女に、私は勝手に、ひとかたならぬ、ご縁を感じているのです。

 

ちょっと話は飛びますが、ある仕事の研修で、

「これからは人生120年、ひとつだけの職業で人生を生きるのではなく、二つ、三つ、いやもしかしたらずっと興味のある何かを学びつづけたりと、私たちのライフスタイルそのものが変わっていくであろう」

と、コロナ前ではありましたが、様々なデータや科学の進歩より予想される、近い未来のお話を聞きました。

 

まさに、彼女は同じ子育てママでありながら、この新スタイルを軽やかに実現させている、お一人だなぁ・・と。我が家の駐車スペースから四苦八苦しながら車を出しながら、笑顔で走り去っていくこの友人が、とっても眩しくかっこよく思えた、午後のひとときでした。

 

(彼女のお仕事にご興味のある方は、ぜひこちらをご覧ください→「リフェナジー」

出張、暑い中、本当にありがとね♫

 

 

さ、まだ、夏は続きます。

近くにいてくれる、子どもたち。後から思えば、きっと、とんでもなく、キラキラとしてかけがえのない時間。

 

楽しみます。

もうちょっとの夏の夕暮れ

もうちょっと、あとほんの、もうちょっとなの。

と、ふっくらしてきた月が言う。

 

もうちょっと、あともうちょっとだけ、歩こうよ。

舌を出し、身を寄せてくる、犬に言う。

 

f:id:leona_moana:20200801205531j:plain

 

急にやってきたのは、夏真っ盛りの日とホッとするよな夕暮れどき。

虫たちがせっせと、とりもどせ~~、と、鳴いている。
夏の夕暮れは、私の好きなものの一つ。

 

 

でも、本当に。本当は。

もうちょっと、あともうちょっとな、気がしている。

 

どんな時にも、どんな流れに見えても、自分の感覚だけは、ホンモノだ。
好きなものを選び、好きなシーンを探し続けてさえいけば、「今」は決して、捨てたもんじゃぁ、ないと思う。

犬は笑う

犬が笑うって、飼ったことのない人には、えっ?かも、しれないけれど。

 

しっぽを振るだけじゃなく、いろいろなサインを全身にたずさえて、彼らは、大爆笑だってはにかんだ笑いだって、あらゆる種類の笑いを、私たちに、みせてくれる。


f:id:leona_moana:20200724095940j:image

 

犬も笑うし、猫も笑う。鳥も、魚もカブトムシも(たぶん)。

 

ひとつ、「たぶん」がついたけれど、それは、種が離れていくと、私たち人間属には、ちょっとわかりにくい表現になってしまうだけだと、私は、思っている。だから今のところは、想像するしか、ない。

 

そうして少しずつ、想像の幅を広げていくと、小さなアリやダニだって、きっと笑ったり泣いたりしているわけで、よく、大きな目くりくりのアリなんかが大活躍するような、キッズ用のアニメ映画があるけれど、まんざら、ウソではないんじゃないか、なんて、思ってしまう。

 

そんなことを考え出すと、やっぱり、お肉を食べたり、蚊をたたき潰したりするのが、心苦しくなってきそうな、自分がいる。

 

でも、やっぱりほどほど、、バランスは大切に。なかなか、聖人君子にはなれないし、なってしまったらもう、子育てしたり、この社会を生きていくのが、タイヘンになっちゃうだろう。

 

だから、頭をブンブンっとふって、今日も私は、なおぽんに寄ってくる蚊を、ペチンと、たたき落とそう。

 

 

 

カタツムリ

早朝、足元をよこぎるカタツムリ。
一生懸命に向かっている先は、でも、コンクリートだらけの駐車場だ。

 

つまみあげて、となりの草ボウボウの空き地へ、ほうり込む。

 

 

午後、通りかかった同じ空き地に、なんと!草刈機が入っている。
ちらりと、”まさか今日、草刈りが入ったりして・・・”って。
朝のあの時、頭をよぎったのだった。

 

なぜ、あの時、私は自分の心に、もっと耳を澄まさなかったのだろう。

 

 

 

どうか、あの子が、無事でありますように。

f:id:leona_moana:20200721214303j:plain



なんの意味もないブログです

朝の夢。

中くらいの木の切り株がありました。

そこをのぞいてみると、大きな卵が一つ。

 

お。卵があるよ。

と、私は息子に言いました。

 

ふだんは怖がりさんの息子が、その卵を、エイっと、外に持ち出すと。。

 

同時にそれは、孵化する真っ最中。

 

大きな、濡れた鳥の赤ちゃんが、今にも出てきそう。
へっぴりごしながら、はい、と、殻ごと私にさし出す息子。

 

それならばと、ちょっとビクビクしながら、中の鳥の赤ちゃんをひっ張り出す、私。

 

大きな、大きな、真っ黒のダチョウの赤ちゃんが、出てきました。黒い目が、つやつやと見つめています。

 

かわいい、かわい〜〜、この子!と、なでまくる私。いつしか、フワッフワでもふもふのダチョウに。それは、今思えば、まるでマロンの頭のよう。

 

 

そこで、幸せな気分で目が覚めました。

それが、今朝の、夢でした。



そして、こんなになんの意味もない文章を、いまだかつて、ブログにあげたことがあったでしょうか。

f:id:leona_moana:20200707140822j:plain

(久しぶりにウクレレをもち、E7をド忘れしている自分に・・衝撃(泣))

リスタート(3)

今朝は、すっかり夏の空気です。

リスタート(2)の、つづき。

 

f:id:leona_moana:20200606100210j:plain

 

 

 

それは、私もなおぽんも初めての、「ヒーリング」との出会いでした。

発作に悩まされていると(たぶん)知らずに、私の友人は知り合いの方のヒーリングの無料モニターに、なおぽんを誘ってくれたのです。

 

 

なんてタイムリー。

 

すがるワラを見つけたよう・・というか、これはもう、行くしかあるまい、まさしく「求めよ、さらば与えられん」だと、私が感じたのもごく自然な流れでした。そして、その直感は、なかなかどうして、まちがってはいなかったのです。

 

 

 

その場には、まるで拍子抜けするほど、ごくフツーの(そう、本当にお若そうなお母さんたちから、まるでママ友のように気さくな)女性たちが、おられました。にこやかに出迎えられ、なおぽんも私も、妙に、心地よい。決してどなたも、仰々しいヒーラーさんっぽくない(頭に羽根とか、ない。私、どんなイメージを持っていたのでしょう(笑))。

 

 

だのに、トータルにしてもほんの数時間くらいでしたが、そこで過ごさせていただいたなおぽんに、驚くような効果をもたらしました。

 

 

まず発作が、ほとんど、おきません。


静かで穏やかな時間だったから?・・・いいえ、実はまったく発作がなかったわけでもなく、何度か起きたのですが、いつもよりずっと早く、静かにおさまっていきました(一度などは、たしかに、手がそっと、彼の胸におかれるとともに発作が鎮まっていくのを、私は見ましたし、これに似たようなことは、のちに、自分の手ですらも経験することとなります)。

 

 

生まれてはじめてきく(体感する?)、音が、ありました。

 

きいているのは、物理的な「耳」のはずなのですが、なんというのか、まったく、ここにも言語化がとってもムズカシイ、感じ方をしている、自分の体がありました。

 

 

耳元でこれらの音を静かに響かせていただいた時、なおぽんの目から、涙がツーーーーッと流れおちるのを、みました。それを見て、私のカラダのどこかが、また震えたように思いました。

 

 

 

ぜんぶ、本当のことなのです。

 

 

 

ちょうど、やはり目に見えない小さなコロナウイルスが広がっていく、数ヶ月(1、2ヶ月?)くらい前のことになります(ヒーリングとは、究極のこといっちゃえば、ウイルスなども邪魔できないほどポジティブな「愛」のかたまりのようです。おかげさまで、“うん、コロナ、そんなものがあるらしいな” 状態で、日々を過ごせました)。

 

 

あんなに悩んでいた、なおぽんの発作をとめられるかもしれないこと、そしてそれ以上に、私自身がこの分野に深い興味と引力を感じて、私は、ヒーリングという新しい領域へ、一歩をふみ出すことに、なったのです。

 

 

なったものの・・、白状すれば、まだ、これを書いている今も、こう考えています。

「べつに、ヒーラーさんに、なりたいわけじゃない」って。とにかく、発作さえおさえられればよい、ただ、なおぽんの発作をどげんかしたい、それだけなんだ、と(だからとくに誰に言うつもりもなかった私)。

 

 

だのになぜか、時(運ともいう?)の流れに身を任せているときに「あるある」な、不思議な流れ、不可抗力ともいうべきものが、ぐいぐい私をおしてゆきます。

 

 

学べば学ぶほど、数行前に書いたような私のはじめの目的から、ちょっとずつ、ちょっとずつ、何かもっと別の大きな場所へと、運ばれていくようです。

 

 

発作については、私のような初心者であっても、すこーし、軽くできる時がある・・かな?というところまで、きました(まだ、ムラはあるけれど)。でも、もしかすると、発作のコントロールというものは、ICTなどのアシスティブテクノロジーを、今後もただ一生懸命に、淡々と、試み続けることと、あまり、変わらないのかもしれない。

 

 

それとは関係なしに(!)、私が一歩ふみこんだ、世間的にはちょっと特殊に思われているこの世界は、私だけの経験にしてはいけないものなんじゃ、ないかしら・・・と、学べば学ぶほど、しれば知るほど、思われてくるのです(そして、また「今」という未曾有の時代があります)。

 

 

とくに、お薬での治療にばっかり重きがおかれるている、現代の病院です。ここにどっぷりとお世話にならざるを得ない、たくさんの障害児たち。そして、彼らとぴったり身を寄せて生きる、お母さんたち。・・・にこそ、どんどんお知らせなくっちゃ、いけないんじゃないの??と。「こんな方法も、あるよ」って(もちろん方法はこれだけじゃぁ、ないかもしれないですね。鍼灸や、漢方・・、そこには、人によっていろんな出会いがあるでしょう。でもこれは、私がたしかに経験していることだから)。

 

 

自分でも呆れるほどに、体験型の人生です。

 

 

だけど、それが面白いほどに、いつか、つながりあい、新たな出会いをたぐり寄せ、確実に前より良くなっていく、そんなオメデタイ人生のようでも、あります。

 

 

大好きなおばあちゃんが、いつも、真っ赤に沈みゆく太陽サマに、「きれいか〜〜〜」と言って、パンパン、と手を合わせるのを見て育ったことも。

恥ずかしげもなく「愛」を語ったり信じたり。そうなるにいたった、我が子らが運んできた、いくつかのフシギ体験も。

初めて会ったのに初めて会った気がしない人々との出会いも。

(ちょっと飛びますが、ナント外房の海でUFOを見たことも、あるのです(笑)・・ふふ、言っちゃったー)。

 

 

すべては ここに つながっていたんだ (Superfly 『Starting Over』の一節)

 

 

 

 

だからこうして、何かにおされるようにして、ブログに書いています。

フェイスブックにも、このリンクをのせるでしょう。

一部の方々には、いよいよ、「へんな世界」にしっかり足をつっこんでしまったヒトと、思われるのかな(ふぅ・・、重度障害児かかえて仕事したり、バンドやったり、家族に子どもをまかせてひとり旅に行ったり。もう十分すぎるほど、変人なのにね♫)。

 

 

でも、ま、それだって、いい。

私の人生ですもの、私がゴーサインを出せば、それでいいだけなのです。

 

 

むしろ、こんな体験でも、どこかで誰かのお役に立つのならば、願ったりかなったりというものです。そして私の手が、体が、感じているものが、一体なんなのか、もう少し、知ってみたいとも思っています。

ちょっとは知ったつもりでいた「みえない世界」が、どうやら、まだまだ、もっと、広大に果てしなく続いているようなので、その先を、もうちょっと、のぞいてみたいと思っています。

 

 

 

こんな、感じです。

 

ラストは長くなってしまいましたが、お付き合いいただき、有難うございました。

もしこうしたコトに、ピン、とご興味が湧いたり、あっと思うことがあれば、どうぞご遠慮なく、メッセージをくださいね(それもひとつの、ご縁かも♫)

(*ちなみに、このヒーリング、今も無料で体験できるものがあります。リンクを貼らせていただきますね → こちら『無料ヒーリング体験会』 )

 

f:id:leona_moana:20200606100703j:plain

そして、むかしむかしは、現実主義の理系女子っぽく(いつも天然と言われてはおりましたが)生きてた私が、こんなところまでたどり着き、はてさて、この先ホントに「ヒーラーさん」的なものになっていくのか・・・それも、乞う、ご期待なのです。

 


(「リスタート」、おしまい)

 

リスタート(2)

リスタート(1)の、つづきです。

 真実の記録にしたくて、丁寧に書き進めています。

 

 

はたからみれば、きっとさりげない、ほんのひとときでしたが、私には、キョーレツに心の真ん中にとどまって離れない、たとえ時がたち感覚がうすらいでも、決して、手放したくない、そんな記憶となりました。

 

 

そして、スコーンと、時を飛ばします。

なおぽんも立派に小学生が板についた、ここ、1、2年へ。

 

重度障害児でも「できる」コミュニケーションを探す中で、次々と、すばらしい出会いに恵まれました。それは、まるでもう奇跡的で、なおぽんの可能性がぐんぐんと広がっただけでなく、なんとなく、私にとっても、自分の生きる道がみえてきたような、あつかましいけれど、そんな高揚した気分で、過ごしてきました。

 

中でも、アシスティブテクノロジーを使ったコミュニケーション(パソコンやタブレット、視線スイッチなどを用いる方法)には、夢が膨らむのです。そう、未来のなおぽんの脇には、スマートなテクノロジーがチャキッとあって、なおぽんが、ニヤリとする。そんなイメージを頭に描く、日々。

 

でも、だいたいがなおぽんは、かなりの重度障害の持ち主なのですから、時間はかかりそうなのです。それは、百も千も承知で、取り組んでいたのですが。

 

昨年あたりから、すこしずつ、途方に暮れちゃうことが、増えてきました。

 

一番の原因は、なおぽんの「発作」です。多い時は昼間でも25回くらい、発作が起きました。

 

 

長い時間をかけて目の位置を取り(ポジショニング)、パソコンゲームを始めさせても、“発作”。

 

先生の合図で太鼓を鳴らす、そんな胸おどるチャンスをいただいても、発作にジャマされるのではないか・・と、心配が先立ちます(発作になれば、彼の意思とは無関係に、規則的になり続ける、スイッチ音)。

 

そうそう、なおぽんの場合、気持ちの変化(うれしい!やった!など)でも、ときに発作が誘引されるようです。だから、下手すれば、「やるぞ!」という気合いで、発作につながることも、あるのです。

 

そして多くのケースで、発作後はエネルギーを奪い取られたかのようにぐったりと疲れてしまい、ゲームどころでは、なくなります。

 

残念ながら今の一般的な対処法は、ほぼお薬のみ。それも、眠らせてしまうものが多いでしょう。意識レベルを下げたり、体の筋力を弱めたり、たとえ眠らせないまでも、クタッと、またはぼんやりと、させてしまう作用のものばかりです(ごめんなさい、何か新薬が出ているかどうかは、わからないけれど)。

 

あんまりひどい時は、頼らざるを得ないのですが、これって、じつに、切ないことなのです。

 

だって、「うれしい!」→「発作」→「眠らせる」では、一体、いつ、彼は新しい技術を習得せよというのでしょう。彼のように、重度障がいを持ち、医療ケアを持ち、生きるエネルギーが、通常よりもちょっとはかない子どもには、より一層厳しい未来しか、ないのでしょうか?

 

もう、悩んでしまうったら、ありません。私もツライったら、ありません。発作そのものも、ツラくないなんて、どうして分かりましょう(いや、案外、そんなにキツくない発作もあるようなんですが・・)。。でも、ほら、真面目な私ですから。

 

ついには、天の神様でも天使サマでもなんでもいいから!と、わたしは心の中で怒ったりたずねたり、お願いしたり、しました。

 

「もう、十分じゃないですか?

 この子に、チャンスをくれたんじゃないんですか?

 なぜまた、足止めさせるのでしょう?

 発作を、どげんかする(なんとかする)別の方法を、くれませんか・・(眠らせちゃうだけのお薬にはなるべく頼りたくない)!」

 

昔は自分を責めていたのに、いつしか神様にたてつくほど厚かましくなった私です(ごめんなさいカミサマ)。

 

でもね、不思議なことってやっぱりあるのです。

 

 

そうこうしていたら、ポーーンと、「じゃ、これは、いかがかな?」とばかりに、新しい出会いがふってきたのですから。

 

いつも私に心強いご縁を運んでくる友人が、この度も、さりげなく、一本の糸を繋いでくれました。

f:id:leona_moana:20200601190740j:plain


(つづく)