もあみみ便り

障がいがあってもなくっても、子どもは子ども。あふれんばかりの「愛」を、子らに、犬に、自分に、この世の生き物すべてに、届けたいな。

星をみあげてふと思う

時の流れは、はやいのか、ゆっくりなのか。

 

楽しい時はあっという間、いやな時はのろのろと。

 

そんな風によく言われるし、私もそう思うことが多い。

 

つまり時は、かならずしも一定のスピードで流れてはいないのだ。

 

自由自在に、のびたりちぢんだりするってことだ。

 

どこまでも、相対的に。

 

似たようなことで、こう思う。

 

はたして私という人間は、忍耐強いのか、せっかちなのか。

 

さて、どっちなのだろう。

 

ときどき、まったく、わからなくなる。

 

 

The Rose

「 愛ってものは、細い葦(あし)を流しちゃう川みたいなもんだって そういう人もいる

 

いいえ、愛は、魂をきりさく刃(やいば)みたいなもんよ、って そういう人もいる

 

愛ってやつは、つまりはけっして満たされないし痛みをともなう飢え(うえ)なのさ、そういう人もいる

 

私はね

 

愛は花みたいなものだと思うの

そしてあなたこそが、その唯一無二の、花の種なの

 

・  ・  ・

 

心が壊れることを怖がっていたら、ダンスなんて、踊れない

 

めざめることを恐れる夢の中では、いいチャンスがきたって乗れやしない

 

うけとることができないものは、与えることもできない

 

死ぬことを怖がるものは、本物の「生」を、生きてない

 

・  ・  ・

 

もし夜がやたらにさびしくて、道がとっても長くて

 

あなたが、愛ってラッキーな人とか強者のためにしかないものだと、そう思っているのなら

 

ちょっと想像してほしいな

 

冬、深く冷たい氷の雪の下に、小さな種が眠っているところを

 

その種はね

 

春になったら、あたたかなお日様の光で芽を出して

 

きれいなバラになるのよ  」

 

(『The Rose』 日本語訳してみました)

youtu.be

ケラケラとケセラセラ

いろんなものをおっている(背負っている)と、思っていた。

 

それは、なかなかに重いものを、おっているんだと。

 

そこにちょっとしたことが加わるたびに、「あ、またひとつ、おうものがふえた」と。深い深い心の底の方で、声がした。

 

いま、おうことをやめようとしている、私がいる。

 

クセのように”おうもの”カウントをしようとする私を、ケラケラ、と笑い飛ばす。

 

そんな私が、まもなく、あらわれる。

予定。

 

 

いたずらっ子は今回置いといて

最近ちょっと犬のネタが多くなっているが、今回もまた。

 

犬のラキさんは、毎朝、かなり正確な時間に私を起こしにくる。6時ぴったり。息子の投薬の時間だ。

 

いつしか目覚まし時計もかけなくなった。

 

時々まちがえて早まることはあっても、寝過ごした〜ってことは、ない。

 

さらに、息子の医療的ケアが必要なタイミング(主にたんの吸引)も、最近はわかってくれている。息子のゴロゴロって音が聞こえたら、私をぱっと見る。

 

”行くでしょ?”

 

の、目。

 

マロンもなかなかだ。

 

昨夜は変な時間に、ものすごく必死に起こされた。

 

こちらは、夫の挙動を心配して私を叩き起こした、といった感じだ(実際には何も問題なしだけど)。ちょっといつもと違うと、心配になるらしい。

 

犬達・・私は、彼らの助けなしには、生きていけないかもしれない・・は、少し大げさか。

 

でも、本当に、感謝すべき存在。

 

 

ためらうなかれ、私

ためらいはいらない。

 

不安も恐れも、いらない。

 

ただ、思うことをして、思うことを言う。

 

言葉と行動はいつでも私の奥深いハートが伝えるままに。

 

でもそれは決して誰かを傷つけるような粗野なものでなく。

 

なぜなら、私は真から、他の誰か(何か)を傷つけることを嫌うと知っているから。

 

だからためらうことなく、自信をもって、進む。

 

思考をまわして分析など、ばかな事をし始める、その前に。

 

足が重いと感じたのなら、なぜ重いのかをぐだぐだ悩むそのヒマに、その場に寝転がって寝ればいい。

 

きっと一眠りすれば、また状況は変わっている。

 

 

ひとまず寝る、その前に

いま、私はまたひとつの、人生の節目にいるようです。

 

終わらせるコト、始めるコト。

 

そのどちらも、「丁寧に、丁寧に」を合言葉に。

 

確かなことは、いつだって私は、ひとりじゃなく、誰かにまもられている(た)のだということ。

 

パッと、ホログラムのように自分の道を思い浮かべる時、過去であれ、これからの道であれ、そこに立つ私の助っ人さま(ありとあらゆる存在たち)の、あまりの多さに、圧倒されるような、気がします。

 

ひとりひとりに、おんなじだけの「お返し」はできそうにないけれど、同じように、いつかどこかで誰かの助っ人①になれるように。

 

今日も感謝とともに、ひとまず、寝ます。

 

 

カラフルな星々を見上げて

今夜は月がない。

 

でも、そんな夜は、星がよく見える。

 

千葉はそこまで田舎でもなく、かつそこまで都会でもなく・・、という位置にあって、割とたくさんの星が見えている。

 

よく見ると、星々はかなりカラフルだ。

 

白っぽい黄色。燃えるようなオレンジ。青白い青。きりっとした青・・。

 

たくさんたくさんある星達だけれど、どれもみんな微妙に色合いが違って、きっと完全におんなじ色を放っている星同士なんて、いないんじゃないかしら。

 

ちらりと街灯に目をやると、かたやみんな同じ色で、並んでいる。

 

・・

 

地球という星も、ひとつの女性性をもつ生命体だという。

 

こんなに多様な色をもつ星達。

 

このコトがすでに、私たち人間や生きとし生けるもの達のように、「みんなちがってみんないい」ような多様な個性を表している、生命達なんだってことを、証明しているような。

 

そう、ひとりでうん、うん、と、納得してしまう。