もあみみ便り

障がいがあってもなくっても、子どもは子ども。あふれんばかりの「愛」を、子らに、犬に、自分に、この世の生き物すべてに、届けたいな。

近所のネコの目が、つきささる日

天畠大輔さんの本、『声に出せないあ・か・さ・た・な~世界にたった一つのコミュニケーション』(生活書院)を読みました。

そして、お世話になっている伊藤史人氏のブログから、つい昨日、このような記事も拝見しました。

www.poran.net

 

リアルに今、同じ時代に生きておられるお二人が、これまでたどってきた道、そして今もたどっている道が、どれだけ、でっこぼこで、どれだけ、心も体もきっと文字通りに血汗にじませながら開いてきた道であることか・・。

それでも、前へ、前へと、大地を踏みしめて今日を進んでおられるのです。そのゆるぎない「事実」が、無言で、でも圧倒的な迫力で、私たちに問いかけます。

 

 

さらっと書かれた彼らの日常が、どれだけ、実際に大変なのか?
周りと交渉を重ねる、その一回一回に、どれほど、エネルギーを消耗したことだろう?
「健常」と言われる私たちは、どれくらい、この体で必死に何かをしているだろう?
(ありがたみも感じずに?)

お父さん、お母さんのなさってきたサポートが、どれだけの大きさだろう?

私は、目一杯といいながら、本当に目一杯、息子をサポートしているのだろうか?

多くの人の手を借りることに、ためらっていないだろうか?
どんなことであれ、何かに、ためらっている、場合だろうか?
疲れた~とか、いろんな理由を振りかざして無駄な時間を過ごしちゃいないか?

 

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まだまだ、なおぽんのいく先は長くけわしい道(かもしれない)のに、そのスタート地点にすら、立つことを叶えてあげていないこと。彼の体の状態、日々のワークの山、山・・そんな言い訳にすっかり身をゆだね、気づけば、彼の人生の8年以上が、過ぎていきました。

 

まだ、この世の中で、私を入れても片っぽの手で足りる位の人たちにしか、彼の「おもい」は分かってもらっていません。そう、過ぎゆく1秒1秒は、あっという間に積み重なるのです、今、こうしてブログを書いている間にも。

 

 

自分がハッピーである時間も大切にし、そんなハッピーママである方が子ども達も嬉しいはずよ、なんて。生来、実にお気楽で楽観的な母ですが、ちょっとお気楽すぎたかしら・・・。
子供が、自分の力で何かを伝えたり、せめて選択できるようにしてあげること・・・さすればあとは、どんなに険しい道でも、確かな彼自身の意思で、また道を切り開いていけるはずです。そこまでは、不眠不休で(・・とはなかなかできないけれど!!)、コックピットを整えてあげなくっちゃ、いけないのでなくて?

 

一時期はずいぶん焦り悩みつづけたコトなのですが、どうもそれにも疲れて(飽きて?)すっかり歩調を緩めがちだった近頃の私です。
一発、カツを入れていただきました。

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近所のネコからもスルドい眼差し

 

あと、やっぱり、人は基本的に、「学びたい」のではないかと、思います。

世界中の、例えば学校がない(紛争があったり後進国であったりする)地域でも、青空教室をひらけば、子ども達は目を輝かせて足し算や文字を習うと、以前なにかで聞きました。

日本は平和で先進的をうたう国です。でもところがどっこい、実は、「学びたい」と、心の底から思っていてもそのチャンスすら与えらえていない、子ども達が大勢いるのです(天畠さんが10年以上も前に卒業論文を書かれた時と、まだ何ら、変わっていない現状といっても良い)。その事実を、痛いほど知ってしまった親の一人として、我が子のコックピット作りもしながら、同時に一生懸命伝えていかねばならないなぁ・・、とも、思っています。

 

 

私よ、もうちっと、本気、出さなきゃね!!

(Superflyの『A・HA・HA』、聴こうかな。)