もあみみ便り

障がいがあってもなくっても、子供は子供。あふれんばかりの「愛」を、子らに、犬に、自分に、この世の生き物すべてに、届けたいな。

リスタート(1)

今日、千葉はおかしなお天気でした。

 

雲はちらほらあるけど、よく晴れている空、ちょうどお昼ドキのことです。

気持ちよく、鳥のさえずりなどききながら、久しぶりにお外ランチをしようとしていた、その時。

 

南の方からもやもやっとした灰色雲のカタマリが、ゆっくり近づいてきたかと思うと、急に、ピカピカ!ゴロゴロ!ときました。ざわざわ、っとゆれる草木。それから、あっ、という間に、ボタボタボタッと大雨がふってきたのです。わぁっ!と、あわててみんなで家にかけこみました。

 

「あ~~パンが!」 「ママのケータイ!」 

  「まずはなおぽんだ!」 「マロン!!(こっちへ~~)」

 

大声が飛びあう、ひととき。

ふ~~っ。

びっくりの速さで、雨って降ってくるのですね。そしてほんの1、2時間で、何事もなかったかのように、晴れています。

 

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さて、来週から、いよいよ我が家の子どもたちも学校へ通い始めるわけですが、この3ヶ月近いステイホーム期間、私はまた、新しい人生の経験をしていました。

今日は、とにもかくにも『再スタート』の流れを世の中にみつつ、私もちょっとした(個人的な)リスタートで、それを書くことにしたのです。

 

新しい人生経験、なんてまた大げさな・・、または、そんなん毎日さ、、、いろんな見方がおありでしょうが、実際、これは私という一人の人間にとっては、かなり大きな人生の節目となるものなのです。でも決して、真新しい、というわけでも、ないかも。

 

たとえば、私、かつてこんな経験をしていました。

 

ある日のこと。

 

私は庭で、洗濯物を干していました。ちょうど今くらいの初夏で、部屋の中には、マロンの半分くらいの体をいっぱいに反らせては必死に生きている、小さきなおぽんが、ついに(笑)寝ています。つかの間の、安息タイム。

ぼんやりと、ほし竿に何かをかけている、私。

その時、ふっと。

本当に、ふっと。

 

私は、「愛」に、包まれました。

 

あぁ、コトバってむずかしい。ここでいう「愛」は、恋愛によく使われるような、ちまたでよく聞き慣れたものとは、すこし、違うのです。

まるで、あえて言うなら、「慈愛」に近いような、ただ、ただ、私の胸といわず頭ってわけでもなく、全身が、何か大きな、大きなものに、フワーーーッと、包み込まれたようでした。

まわりの全てに、抱かれたような、気がしました。

 

 

私は、ななめ上の空をみ上げました。

形のない雲と、青い空を、みました。

空気が、ありました。

 

その全てが、とっても、とっても、いとおしく慈しむべき存在なのだと、そして、

 

「「バチ」なんて存在しないんだ、神様は、バチなんて与えないんだ」

 

という、(訳わからないでしょう?唐突で。でも、この頃の私は、私が何か過去に悪いことをしたから、バチが当たってなおぽんが障害を持ったのだ、とか、そんな考えに、すこし、とりつかれていたのです)

そんな思いが、ただ、私を、満たしました。

 

それは、とても、言葉にしてお伝えするのは難しい、本当に言語化のできない実感であり、体験でした。

 

 

風も、いとおしい。

チョウチョも、いとおしい。

下に転がる、石ですらも、いとおしい。

 

すべてが、私も、含めて、すべてが、いとおしいもの。

 

ふふ、ちなみに無宗教です、わたし。

 

でももし、神様という存在がいるならば、それは、ただただひたすらに優しく、大きく、あたたかく、私たちがとらえきれないほど大きな愛で見守っているんだ、

すべてを包むように、見守っているんだ。 ・・・そういうことなんだ。

 

 

そんなことを、体で実感した、2011年頃(たぶん)の、ある一日の、ことでした。

 

(つづく)