もあみみ便り

障がいがあってもなくっても、子供は子供。あふれんばかりの「愛」を、子らに、犬に、自分に、この世の生き物すべてに、届けたいな。

東京のALS/MNDサポートセンターさくら会の総会に、行ってまいりました

ちょうど1週間近く前になりますが、東京のALS/MNDサポートセンターさくら会の総会に、行ってまいりました。

あつかましい表現をお許しいただくなら、まさに、ツワモノどもでおられる方々ばかりです。障がいを抱えて10年以上であったり、わずかなサインとそれを読み取られるヘルパーさん達との阿吽(あうん)のスピード感もハンパなく、なんといっても、お一人お一人の目力がすごい。複数の方々に囲まれたその存在感とか、静かな中に妙にきわだって感じる生命力、もう、様々な思いが自分の中に湧き上がり、自分の未熟さと共に、ただ、圧倒された午後でした。

 

やっぱり、なおぽんはまだ子どもでした。でも、間違いなく、この子だってほんの数年たてば、会場におられた偉人たちと、サイズ感は変わらなくなるのです。ですが、ほんの8、9年障がい児をやっている息子と私、なんかまだまだ、まだまだ、まだまだ・・・。コウベを垂れるしかないような、そんな気分で、ずっと過ごさせていただきました。

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理事のお一人でおられる伊藤史人氏タイムとなり、障がい児らの抱える問題や教育的な問題などをご紹介いただいた後、ICT実践ガールの結莉奈ちゃんとお母さんの綾子さん、特別支援学校教諭の山下先生と柳沼先生、その後にちょこっとですが、私も息子と共にマイクを持たせていただきました(もう、緊張した~~)。

 

私がお伝えしたのは、以下の3点です。

 

  1. 重心と言われる子ども達が(おそらく社会全体で)抱えている問題、すなわちコミュニケーションの可能性を過小評価されていること。その延長上にある特別支援学校のカリキュラムについて。

  2. かろやかに重度障がい児(との生活)を生きるための取り組み、千葉のフラミンゴ隊のこと。

  3. 医療ケア児のケア側(家族)が抱える課題のうち、母親の就労問題に風穴をあけたくてスタートした、私自身のひとつの就労パターンのご報告。

 

そんな感じです。

こうやって書くと、なんかちょっと立派に(?)感じるけれど、ただひたすらに、主に1番のことに悩みながら、どうにかしたくてすったもんだを繰り返し、他者のお力をたっくさんおかりしながら過ごしてきたら、こうなっていた、ということなのです。

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私より堂々と会場を見わたす、あっぱれなおぽん

今回のような機会をいただいたことをきっかけに、これからはもう少し、筋道のたった人生を歩いていきたいものだなぁ・・(思いつきや直感にばかり頼らないで)と思いました。子どもであれ大人であれ、重度障がいと共に生きる人々が、かっこよく、軽やかに、どこまでも自分らしく、生きていける世界。学びたいことを、学びたいだけ、学べる世界。

その実現のためにも、広い視野のビジョンと明るい気持ちをセットで抱き続けて、自分にできることは全力でやっていきたいなぁ・・と思いました。

だって、当事者ですから。本当のこと、必要なことを知ってしまった当事者には、ある程度、そのことを知らない世界に、伝えていく責任がある!・・・かも、しれない(だんだん、弱気・・(笑))。


そしてかっこいいと言えば、会場でお聞きしたALSの皆様のお言葉が、さりげにウィットに富みかつ優しさにあふれていて、なおぽんにもどうか、こんなオシャレな大人になってほしいなぁ・・と、自分にないものを息子に託した次第です。

 

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さてここからは、ひとりごと。

 

具体的にじゃぁ、何をやっていけばいいのだろう?と思い、ふと浮かんだことです。おそらく、最初の第一歩として、そしてその後も継続して私たちが簡単にできることが、ひとつ、あると思うのです。

それは、「イマジネーション」を忘れないこと、かなぁ。。

 

同会でもお会いした川口有美子さんの著書『逝かない身体ーALS的日常を生きる』(医学書院)を読んで、何度も涙や嗚咽がこみ上げました。自分の身に重ねたり、さらに膨らんできた想像に圧倒されたり。全ては、川口さんの凄まじい筆力とそれによって内容に引き込まれて生じた私の「イマジネーション」によるのですが(そして私はやや、想像力豊かな傾向にありますが)、我が子についてもしょっちゅう、考えるのです。「今、何を考えているのかな」「どんな世界をみているのかな」「もしかして今、笑ってるかな、ママのこと」・・・そんな感じ。

 

こうしたイマジネーションタイムを取ることは、時に辛いけれど、決しておろそかにしてはいけないことだと思います。何事も行き過ぎてはいけないし(かつてドストエフスキーを読んで心を病んでしまった友人を思い出します)、実際にケアに携わる人々においてはいろんな意見もあるでしょうけれど、相手の状態を思いやり推しはかる気持ちを、忘れないでいること。

身内でなくても他者に対してもそのようなイマジネーションを働かせること。当たり前のようでいて、私自身、ときに、そこから逃げていたかも、なんてことに気づきました。とくに、重度障がい児に関わっておられるみなさん!権威ある立場の方々から、どんなに「この子はきっとそんなにわかってないですよ」と(暗に)言われても、この「イマジネーション」だけは、忘れちゃいけないと思うのです。

 

そんなイマジネーションの中から、きっと、「もっといいもの」「もっといい方法」が見つかるのでは?と思います。

 

(『「こんなものだ」はいつもなく、「もっといいもの」はいつもある』・・私が自宅でやらせていただいてる学習塾の創始者の言葉。これは、まさしく名言!)

 

 

このような機会をくださった伊藤先生、さくら会の皆様に、感謝しています。